感想『ミヤコヨシカというものありて』(鵺箱
 

 宮古芳香はどこからきたのか。仙人である霍青娥は中国の出身であり、その思想、生活、生き方の根底を支えるものはその出自に由来する。宮古芳香はどこからきたのか。霍青娥の従順なるキョンシーである彼女は、大陸風の衣類に身を包んではいるものの、その名前や話す言語は明らかにこの国のものであり、霍青娥と共に海を渡ってきたとは思いがたい。宮古芳香はどこからきたのか。それに、魄のみにて活動するキョンシーであるならば、それは尚更のことである。
 
 それならば、ミヤコヨシカはどこからきたのか。
 
 本書はその疑問について、ひとつの考えが提示されたものとなっている。彼女の生い立ち、家族との愛別離苦、臨死、仙人との出会い、弟子入りと修行、仙人に対する希望、自らへ向けられた愛情と友へ向けた友情、全てを捨て叶いかけた希望。そして、真実の暴露、現実の崩壊。
 このお話を読むことで、それらのひとつひとつが現在の宮古芳香を形成するにあたり不可欠なものののように感じられ、彼女と、そのモデルであると推測される人物の背景、逸話、考察を如何に丁寧に噛み砕き、構築し、物語にちりばめているかが想われるところである。丁寧であるが故に、キョンシーである彼女の心情を察し、悲しくなるのではあるのだけれども。
 しかしながら、真実を告げた青娥は、果たして冷酷であるかと考えると、一概にそうとは言えないだろうとも思うのである。それは、この物語における彼女が、仙術に対して純粋すぎるほどに真剣な研究者であるように見えてくるからというところが大きい。ミヤコヨシカが置かれた環境は一種の実験であり、術者である彼女に害意はなく、そこに愛情と愛着の相違があったに過ぎない。ただまあ、単純にヒドイとは思うのだけれども。
 
 芳香を想えばチラチラと感じる悲しさはあるものの、決して疑問を残さないその構成に読後感は良く、また飛梅などの小ネタも楽しいお話で、読み応えたっぷりの一冊であった。

2013.01.02 途稀
 

 

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